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2006年10月17日 (火)

整体無情哀歌

「たまには揉まれるのもどうでしょう?」

10月中旬、秋の気配は感じつつも太陽の暑い午後、投げかけられた言葉である。
ちなみにそんな昼の暑さ来たら実に不愉快。晴れたと思えばガンガン照りつける太陽に汗もダラダラ、昼間に満員電車にでも乗ろうものなら照りつける太陽に背中は焼かれ、隣に座った体躯のよい男の皮膚から発する致死体臭に渋い顔をし、呪いの言葉を唱え続けるのだ。共に乗った同僚など「まったく昼間の電車なんぞ碌なものではない」と言い放つが、私だって誰が好き好んでこんな環境を選ぶものか。そもそも、どの季節に乗ったところで昼間の満員電車に碌なものなどあるものか。満員電車は満員であるから満員電車なのであって、それ以上でも以下でもないのだ。後輩に秋の字という同心がおるが、奴など満員電車に乗ってる間に汗が滝のように流れていくというではないか。上着の中で椎茸でも栽培すればさぞかし繁盛するであろう。

さて、そんなすっきりしない10月の中旬であったか。
「たまには揉まれるのもどうでしょう?」などと忌々しい言葉を投げかけられたのは。
此処ではおなじみの通り、先週から頭痛の止まらないむらさめである。どうやら先々週に階段から転んで腰を打ったのが原因らしく、大事を取って整骨院へ来てみた次第なのだが、店主の言うに原因は鞭打ちか背骨の歪にあると云う。
マッサージを受けながら世間話をしている際、よりにもよって「たまには揉まれるのもどうでしょう?」である。

たまには揉まれるのもどうでしょう。
なるほど、確かに其れも良いだろう。日ごろ机に向かって文章をしたためている身である。いくら運動不足をトレーニングで解消しようとも、慢性的な肩こりや姿勢の悪さが解消するわけではない。ましてや忙しい身、整体やマッサージなどにかよう暇もなかったのだ。
だが一寸待って欲しい。
「たまには揉まれる」とはなんだ。そんなに筋肉が硬くなっているのか。それとも常日頃何かを揉んでいるように見えるのか。私なら後者のイメージが酒池肉林の感があって好感が持てるが、我に返ればため息が出るのが現状である。そもそも何故次に続く台詞が「さあ是ならどうですか。痛いでしょう、ふふ」なのだ。

「嗚呼、痛い痛い」
「どうですか、是なら気持ちよいでしょう」
「ほぅ、ほぅ」
「こちらは少々痛いですよ。さぁこれならどうですか?」
「ひい、堪忍、堪忍してください」

何故貴様はそんなに嬉しそうなのか。何故ここはこんなにもサド気にあふれており、整体師は下の話題で埋め尽くそうとしているのか。
誘われるがままに店内に入ってしまった己の軽薄さを呪いつつも、たった今目の前を横切った若い女性を指名すればどのようなマッサージを受けられるのだろう、ああ女性にお願いすれば良かったと独り悶々と悔いる始末である。

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